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東京高等裁判所 昭和42年(ラ)16号 決定

抗告人 山本義行(仮名)

相手方 山本テルエ(仮名)

主文

原決定を次のとおり変更する。

抗告人は相手方に対し婚姻費用の分担として

1  金一〇万四、〇〇〇円を、

2  昭和四一年一二月以降別居継続中一月金二万円を毎月末日限り支払え。

理由

抗告人の抗告の理由は別紙記載のとおりである。その要点は(一)原決定は昭和四〇年一一月分から昭和四一年一一月分までの分として一三万円の即時支払を命じているが、これは抗告人が既に調停により定められた月一万円の支払義務を控除したのみで、この外に毎年次男山本則芳を通じ相手方に手渡される年間二万四、〇〇〇円(月平均二、〇〇〇円)を考慮せず、この分を控除していない。(二)原決定は抗告人の収入と支出の認定を誤つている。すなわち、手取収入について原決定は月平均七万二、五一六円強と認定しているが、月平均六万九、八四九円強と認むべきであり、支出について原決定は月平均四万八、四五八円強と認定しているが、月平均七万一、二六一円強(相手方に現在支給している分を含めて)と認むべきであるから、抗告人に月二万円の支払能力があるとした原決定は誤りである。(三)原決定は次男山本則芳が相手方に月八、〇〇〇円を支給していることを認めているが、則芳の収入は月六万円をこえており、かつ同人は独身であるから、同人が月八、〇〇〇円を相手方に支給するだけでは不十分で相手方の不足分はまず則芳が補填すべきである、というに帰する。

そこでまず右(二)および(三)に関する点について判断する。夫婦の婚姻費用の分担義務とは夫婦が婚姻生活を維持して行くについて必要な費用を分担する義務をいう。夫婦が別居している場合分担者は相手方の生活を保持するに必要な費用を分担すべきで、その額は分担者のみならず相手方の資産または労力による収入をも考慮して算定される。生活を保持すべき費用を分担するのであるから、分担者は現在自己が営んでいる生活に要する費用を控除してなお収入に余裕があるときにはじめて分担義務を負担するのではなく、生活費を節減しても婚姻生活の費用を分担しなければならない。

本件記録によれば、相手方テルエは現在財産および労力による収入はなく、抗告人から昭和三二年(家イ)第二六二号の調停にもとづき毎月一万円の婚姻費用の分担を受け、さらに抗告人から次男則芳を通じて六月、一二月の賞与の月に一回当り一万二、〇〇〇円を、右則芳から毎月大体八、〇〇〇円を支給されていることおよび抗告人は勤務先の防衛施設庁から昭和四〇年一年の給与として一一八万二、九〇四円の支給を受け、所得税八万三、四〇〇円、地方税四万一、四〇〇円、共済組合掛金五万六、七五一円を支払つたことを認めることができる。してみれば、相手方の収入で法的に保証されたものは抗告人からの調停にもとづく毎月一万円の支給のみであり、抗告人の実収入は前記給与額から所得税、地方税、共済組合掛金の支払額を控除した額一〇〇万二、四五二円で月平均八万三、五〇〇円である。(婚姻費用の分担の額を決定するについて資料とすべき実収入は給与においては右三項目の支払を控除すべきで、その他のものは考慮すべきではない。)さらに、原決定認定のとおり抗告人と相手方との間には既に成年に達した二男一女があり、抗告人は昭和三〇年ころ訴外堀内キミと同棲のため別居し、同女との間に未成熟児二児があり、抗告人は現在キヨと右二児およびキヨとその先夫との子二人の合計五人と同居していることが原決定挙示の証拠で認められる。以上の認定事実にもとづけば、抗告人の実収入は月平均八万三、五〇〇円強であつて、この収入により抗告人、その婚外の未成熟児二児および別居中の妻(相手方)の生活を保持することが可能であるから、この収入関係と上記認定のその他事実を考慮すれば抗告人は相手方に対し従来調停によつて分担義務を負担している月一万円を含め月二万円を婚姻費用の分担として支払うを相当とする。

抗告人は自己の生活費を控除すれば収入に余裕がないことを主張するが、現下の経済事情から見れば前記月八万三、〇〇〇円余の収入で婚外の未熟児二児を含めて夫婦の婚姻生活の費用を賄いうることは明白であり、然るときは抗告人が現在自己および右二児の生活に支出している額如何は問題にならないことさきに述べたとおりである。次に抗告人は次男則芳において相手方の生活費の不足分を補填すべき旨主張する。しかし収入のない妻の生活費は夫が婚姻費用の分担としてこれを負担しなければならない。子は父すなわち夫が負担する能力がない場合にはじめて子にその余裕がある限度において母すなわち妻の生活を扶助する義務を生ずる。抗告人は右に認定したとおり相手方に対し婚姻費用を分担する能力を有するから、次男則芳において相手方の生活費の不足を補填すべきである旨の右主張は理由がない。

抗告理由のうち前記(一)の点について判断する。原審における相手方山本テルエの尋問の結果によれば、相手方は昭和三八年一二月以来昭和四一年六月まで抗告人から次男則芳を通じ六月、一二月の賞与月に一回当り一万二、〇〇〇円の支給を受け、これを生活費にあてていたことを認めることができる。してみれば、抗告人は前段で認定したとおり月二万円の分担義務を負担するが、昭和四〇年一一月分から昭和四一年一一月分までの一三ヵ月分は前記調停にもとづく月一万円の分担義務を履行し、さらに右認定のとおり昭和四一年六月まで、六月、一二月の賞与月に一回当り一万二、〇〇〇円を分担義務の履行として支給したのであるから、抗告人は右一三ヵ月については分担すべき合計二六万円から右履行分(右一万二、〇〇〇円は月平均二、〇〇〇円となるから月二、〇〇〇円当り控除する。)を控除した一〇万四、〇〇〇円を即時支払う義務がある。この点についての抗告人の主張は相当である。

以上の次第で抗告人は相手方に対し婚姻費用の分担として金一〇万四、〇〇〇円を即時支払い、昭和四一年一二月以降別居継続中は毎月末日限り一月当り金二万円を支払う義務がある。右と趣旨をことにする原決定は変更を免れない。よつて主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 西川美数 裁判官 上野宏 裁判官 鈴木醇一)

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